風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

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放射能汚染地図 目次

▼3月 ツイッター
・3月11日そのとき
・3月12日夜
・3月15日

▼4月 放射能汚染地図
・同心円地図、3月24日
・初版から五訂版までの変遷
・週刊金曜日原稿あり
・岩手県と阿見町からの苦情、軽井沢町
・東葛汚染の発見と拒絶と受容
・ヨウ素の見積もり(3月29日)

▼5月 いま勉強しないと死ぬぞ
・納得して死ぬために勉強する
・日本は詰んだ
・内戦状態にある
・風評被害
・殺される前に殺す
・嫁
・オウム信者
・福島県ナンバー
・除染ボランティア

▼6月 リスク管理
・いまがチャンス 道路脇や側溝の掃除(9月26日)
・自発的に解決してください(7月28日)
・災害ユートピアから脱却せよ(7月5日)
・私の子どもに渡す放射能対策指針(6月30日)
・火山のリスク対応、放射能のリスク対応(6月22日)
・私のスタンス(6月8日)
・放射能とつきあう(5月29日)
・学童集団避難計画(具体的な提案)(5月7日)
・本当のSPEEDI(4月26日)
・年間死亡リスク
・「減災のテトラヘドロンは緊張関係で構成すべき」2007年2月24日 http://ow.ly/7dy6v
・「裁判初体験」 2009年3月  http://ow.ly/8A13t

▼7月 国会
・民社党阿部
・共産党志位

▼8月 その他の地図
・放射能汚染の日時
・チェルノブイリとの比較、平沼百合レポート
・山の放射能汚染地図
・コメのセシウム
・焼却灰のセシウム
・お買い物マップ
・東葛マップ(佐々木)

▼9月 放射能測定
・everytrail、東大安田講堂で1マイクロ
・測定器較正
・長井隆行の測定
・各地の毎時測定

▼10月 ひと
・江川紹子、除染ボランティア
・野尻美保子
・菊池誠
・あらら

▼12月 訓告
岩上インタビュー
・各社報道
・ツイートまとめ

▼1月 明るく楽しい放射能リスク学習会
・越谷、小山逗子、板橋。子ども向けと大人向け


▼2月 風塵と関東ローム層
・静岡茶
・双葉砕石


▼ツイッター統計
・フォロワー数
・klout
・ブログの都道府県別アクセス数
・初心者のためのツイッター講座

▼アーカイブ
・ツイログ
・ツイッターまとめ
・ブログ

▼金言
・福島県知事のポスト、早く廃止すればいいのに。
・東電解体、福島廃県。これを断行しない限り日本は生き残れない。

・選ぶ権利はあるが、選ばれる権利はない。
・差別発言は犯罪ではない。違法でもない。
・配慮不足、不適切、不謹慎。私が大嫌いなことば三つ。
・避難の権利なんてものはない。

・放射性物質をこれ以上福島県から外に出してはならない。
・2011年3月以降に福島県で生産された農産物を福島県外に出荷してはならない(ただし会津を除く)。
・20キロ警戒区域内から持ち出した自動車はすべて警戒区域内に戻す必要がある。
・2011年3月に福島県から出て東日本に広がった放射性物質は、できるだけすみやかに拾い集めて福島県に戻そう。
・福島県中通りの小学校はできるだけすみやかに廃止するのが望ましい。

・福島県内で使用している自動車が除染せずに県外に出ること、まかりならん。

浅間山頂火口底に横穴

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2009年2月2日の爆発後の火口底の様子は、前回2010年8月4日に見たときとほとんど変わっていない。くぼみの中に横穴があるようにみえる。

内堀泰明さんから、火口底の横穴の高解像度写真が届きました。やはり内壁がシールドされています。溶岩洞窟と同じようにしてできた空間だと思われます。(以下2枚、内堀泰明さん撮影)

_DSC1187s.jpg アイスランドの溶岩洞窟とそっくりだ。

_DSC1170s.jpg 湯の平で、黒斑の壁ができた大崩壊を説明する。

P1090028s.jpg 地図を使って子どもたちに説明。

浅間山は、山頂火口中心から500メートルが警戒区域に指定されて立ち入りが禁止されています。今回は、学術研究にために設定権者である小諸市長から特別の許可を得て調査しました。

2010年8月4日の火口底

石巻市立大川小学校そばに津波が残した堆積物

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厚さ12センチほどの砂からなる。粗い成層構造がみえる。厚さは、場所によってかなり変化する。遠景は、左が大川小学校。右の白い建物が診療所。

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北上川を挟んだ対岸の釣石神社にみられたマッドクラック。下から上に向かって規則的に細かくなる。砂から泥に変わる。最下部には礫もみられる(右の写真の乾いた表層部10センチ)。

冬の浅間山

草津温泉に用事がありました。途中で、冬の浅間山の景色をひさしぶりに堪能しました。冬は地形がよく見える。北麓地質図をつくったのは、5年前のいまごろでした。冬で木々から葉っぱが落ちて地形が丸見えなことに驚きながらつくりました。日本でも、季節と場所を選べば能率的な地質調査ができることを知りました。



西窪の吾妻川右岸に露出する平原火砕流の高い崖。中央の明るいところが、数年前に崩落した箇所。1万5800年前、吾妻川はこの地点でこの高さまで埋められて上流部分がせき止められた。天然ダムが生じて、やがて決壊したのだろうが、その堆積物は下流の前橋市付近にみつからない。

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笹見平から遠望した浅間山。冬だから地形がよくわかる。近景は、草津白根山の太子火砕流がつくる波打った地形。30万年の時間がこのような大きな波状地形をつくった。なかでも凍結融解作用、すなわち霜柱の作用が無視できない。

GPSと写真の連動

GPSでログをとり、撮影したデジカメ写真をそのルート上に自動的に載せた地図が、迅速につくれるようになった。つくった地図を直ちに公開して情報共有できるようになった。そのために使う各種アプリケーションを以下で紹介する。すべて無料サービスである。

EveryTrail Kyoto walking 2010
・GPSルートを迅速に公開する。
・写真をルート上に迅速に公開する。
・ルートや写真に説明を付す。
カシミール3D
・GPSログを吸い上げる。
・ネットにつながっていなくても地図表示できる。
同デジカメプラグイン
・Jpegファイルのexifに緯度経度を付与する。
Picasaウェブアルバム 京都写真2010
・地図上に写真を貼り付けて迅速に公開する。
GPS Visualizer
・GPSログをGoogleEarthで使えるkml形式に変換する。
Google Maps 京都散歩2010
・GPSログをインポートする。(写真の自動貼り付けはまだできない。)

浅間山1783年噴火の最近研究レビュー

安井・小屋口(1998、日大紀要)は、吾妻火砕流の主要部分が8月4日夕刻から始まったクライマックスのあとに流出したと考えた。前掛山の山腹に露出する軽石の最上部に複数の火砕流堆積物が挟まれていることを根拠にした。安井真也さんはいまもこう考えているのだろうか。その場合、8月4日午後に六里ヶ原へぬっと押し広がって樹木を焼いたと書く古記録をどう扱うのか。

古記録では、吾妻火砕流が8月4日午後で、軽石噴出のクライマックスがその夕刻から翌日未明までだったと読める。これは荒牧さんの時代から知られていた。それなのに、軽石→火砕流の順番が頑なに信じられてきた。その理由は何か。古記録より野外での層序を優先した結果だろうか。

峰の茶屋の東大火山観測所構内に露出する軽石の中央部とそのすぐ下にオレンジ色の火山灰が3、4枚挟まれている。それらが吾妻火砕流から噴き上がった灰かぐらが風下のここに降り積もったものだと初めて解釈したのは、たぶん私だ。軽石の上半分が8月4日夕刻から始まったクライマックスの堆積物だから、この解釈は古記録の記述とよく合致する。

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福岡市博物館の金印

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福岡市西新(にしじん)は、玄界灘を埋め立ててつくったおしゃれな街。金印を展示する福岡市博物館はそこにある。たいへん立派な建物だ。

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金印。1784年に福岡・志賀島で百姓甚兵衛が発見。亀井南冥(なんめい)がその価値を認めた。「後漢書」にある西暦57年記述を裏付ける物証だとされるが、ニセモノ説が昔からある。2007年3月3日、朝日新聞が三浦佑之・千葉大教授の著書『金印偽造事件』を紹介した

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西新は、長谷川町子がサザエさんを発案した街だという。福岡の居酒屋に座ると、突き出しがこんなにたくさん出る。これは韓半島の文化だと思った。

イノシシ穴と衝突クレーター

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これは衝突クレーターではなく、イノシシが掘った穴だ。イノシシは、ミミズが欲しくて鼻で穴を掘る。2004年9月1日の爆発の後、小浅間山の上に火山弾がつくったクレーターがあると報告された。山頂火口から3キロを優に超える地点だからいぶかしく思って調査に行った。このようなイノシシ穴がいくつもあった。素人判断はまず疑え。2004年9月の火山弾の最大到達距離は2.35キロである。

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これらが本物のパン皮火山弾。衝突した地面にスープ皿のような浅いクレーターをつくる。

鬼押出し溶岩の上を覆う砂礫は古い

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鬼押出し溶岩の上を覆う砂礫は、1783年噴火のあとに山頂火口で活発に繰り返されたブルカノ式爆発で放出された砂礫が、斜面を転がり落ちたり、大雨のときに水流で運ばれれたものだと30年間信じていた。大量だと漠然と感じていたが、それ以上疑問には思っていなかった。

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きのう現地に踏み込んで、初めて理解した。これらの砂礫のほとんどは1783年以前から存在していた前掛山の表層物質なのだ。なにも、1783年以後のブルカノ式爆発による放出物である必要はまったくない。前掛山上部にかぶさる鬼押出し溶岩の厚さはとても薄い。溶岩は下にすべて流れ切ってしまったと言ってよいくらいだ。そこには、西斜面と同じように、過去数千年間に渡って山頂火口から繰り返したブルカノ式爆発によって放出された大量の砂礫が斜面に露出している。それがいま大雨や雪解けのたびに崩れている。

野外観察には決まった順番がない

野外観察には順番がない。基礎→応用、数学→力学→電磁気学→量子力学のような学習の順番がない。野外に行くと、複雑な自然が丸ごと襲ってくる。観察者は、そのなかから解釈できるものを探す。

初心者は、先生が順番に教えてくれないからと不平を言うが、自然観察は順番で教えられるものではない。教えようとすると次から次へとさまざまなことが湧き出してくる。枝葉に飛んで、また幹に戻ってくる。戻ってくればまだよいほうで、行ったきりになったりする。

そういう事情があるから、案内者の説明はいきおい早口になりがちだ。そこを、セーブしてゆっくり話すのはなかなかむずかしい。

参加者の側、聞く側には、この事情をわかってもらいたい。案内者が順番立てて説明してくれないからわかりにくいなどと不平を言わないでほしい。生の自然の理解は、要素分解型の物理学による理解とはまったく異質のものなのだ。こういう自然理解の方法もあることも知ってほしい。

そして、この方法よって初めて、移ろいやすい複雑な自然をほんとうに理解することができることを知ってほしい。あなたにまだ理解されていない自然が、あなたのすぐそばにある。

自然の理解の仕方はひと通りで答えが決まっているわけではない。観察者の数だけ理解の仕方がある。自分の個性を自然にぶつけて、自分の理解の仕方を私に見せてほしい。

野外観察会、案内者の小道具

野外観察会で案内者をすることになったとき、用意するとよい結果が得られるだろう小道具を紹介します。


・地図パネル。裏は白。
・ホワイトボードマーカー。地図パネルの裏に書く。書いたらすぐティシュペーパーで消す。
・差し棒。忘れたら枯れ枝で代用する。レーザーポインタが有効なときもある。
・マイクつき拡声器。マイクが頬を伝わって伸びていて両手が自由になるのが必須。これは、スピーカーをおでこにとりつけるタイプ(ミドリ安全のファレボホーン。ただし生産終了)。腰にベルトでスピーカーを取り付けるタイプもある。後ろに声を届けたいときに便利。

美しさの背後に

美しいものを目にしたとき、美しいと感じるだけですますひとと、なぜ美しいのか理由を言葉で考えるひとの2種類がいる。後者の行為は、ときと場所をわきまえないと無粋だと非難されることがあるが、人生を豊かにする効果があるのでこっそり楽しむとよい。

美しさの背後には、解読されるべき情報が隠れている。世界には情報がいくらでも転がっているが、美しさは、それが解読可能であることを意味する。その情報を解読する知的作業は楽しい。

鬼押出し溶岩の上に載る吾妻火砕流

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廃道を進んで、鬼押出し溶岩(右)と舞台溶岩(左)がつくる隘路をくぐり抜けると、鬼押出し溶岩の上に立つことができる。

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クロマメノキが群生する平坦面は、鬼押出し溶岩の上を覆った吾妻火砕流が残した堆積物だ。

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平滑面で囲まれた溶岩ブロックが累々と積み重なった上に、赤く酸化したスコリアからなる吾妻火砕流が7メートルほどの厚さで重なる。

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鬼押出しに隣接した広い範囲に小滝火砕流

火山博物館の南に、使われなくなったスキーゲレンデがある。その上にあるうっそうとした森は、小滝火砕流の上に成立している。

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鬼押出しを横断する廃道に続く道が、幅50メートルの溝の中を通過している。その両端に小滝火砕流の断面が露出する。厚さは3メートルほどで溶結している。左が東側、右が西側の断面だ。

火砕流の中のスコリアは、吾妻とも追分とも違う。幅50メートルの溝は、天明噴火で破壊された柳井沼に続いていたとみられる。これほど大きな溝があるのだから、この火砕流が吾妻火砕流であることは、ない。

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火砕流の表面や溝の中に生育する樹木の多様性と年輪も、わずか200年では成立しえない複雑さと太さである。火砕流の上に天明軽石はあったが、Bスコリア上部はひと粒もみつからなかった。もしこれが追分火砕流ならどこかのくぼみに残っているのがもっともらしい。火砕流の表面に浸食不整合があるとみられる。

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以上の観察と考察から、上のように地質図を修正した。

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