
1783年8月の浅間押しをギリギリ免れた押切端(おしぎっぱ)の森を流れる地蔵川。夏休みになると、この涼しい小川で子どもたちが水遊びに興じる。地蔵川は1108年8月の追分火砕流が残した地層の上を南から北に向かって流れる。地層の厚さは10メートルほど。河床は追分火砕流の中にほとんど留まるが、ふれあい広場の西の
地点69では追分火砕流の基底(すなわち平安時代の地表面)を掘り込んで、カラフル火山灰まで達している。
数時間前にワシントン地下鉄レッドラインの地上部分で追突事故が発生して、多くの死傷者が出たそうです。私は半年間オレンジラインをよく利用しました。そのとき、この地下鉄の運転手が実は運転していないことに気づきました。以下、2009年2月24日の日記から。
スミソニアンの同僚が「メトロの運転手は運転していない。運転は司令室のコンピュータがしている」と言っていたのを思い出して、きょうの帰りに運転席の後ろに陣取って観察しました。彼が言ったことは本当でした。運転手は運転していませんでした。
彼女がしていたのは、ドアの開閉だけ。列車が止まると窓から顔を出して後ろを見てドアを開ける。ドアを閉めると列車が動き出す。列車の動きと彼女の動作に因果関係はまったく認められませんでした。彼女はドア閉めボタンを押しただけなのに、彼女はまだ運転席に着席していないのに、電車が動き出しました。
運転席は、進行方向右側にあります。右側通行ですから、線路の両脇にホームがある駅はよいのですが、島ホームの駅はたいへんです。止まると、急いで左側に行って窓から顔を出してドアの開け閉めをします。そして急いで運転席に戻ります。ちょっと滑稽です。こうして彼女が運転席に戻る前に、列車が動き出したのです。動かぬ証拠です。
コンピュータ制御だから走行がスムーズでなくて、ぎくしゃくするのでしょう。こう考えると、人間の能力はなかなか捨てたもんじゃないな。人間に運転させないのはどんな理由からなのだろうか。人間に運転させて、万一のときにコンピュータで停めるATSのほうが優れたシステムだと思う。
列車の最後尾に車掌はいません。ワンマン走行です。

群馬では、いま麦を刈り取って稲作の準備に取り掛かっています。田植えまでにはもうしばらくかかって、6月下旬になります。近隣の新潟や長野と比べると、1ヵ月以上遅くなります。刈り取った麦に火を入れてあったので、農夫にその理由を尋ねました。理由を二つ教えてくれました。ひとつは雑草を殺す効果。もうひとつは「浮いちゃうんだよね」とのこと。そのまま水田にすると、麦が水面に浮いてしまうのだそうです。高崎市大類。

残雪の山を背景にして、里では田植えが始まる。新潟では、冬の多雪がおいしい米をつくる。左から、火打山(2462メートル)、焼山(2400メートル)。焼山は、3000年前に誕生したばかりの若い火山である。
黒斑山と前掛山に挟まれた三日月型の平地を、湯の平と言う。2万4300年前に黒斑山が東に崩壊して生じた。標高は2000メートルで、浅間山の山頂火口から2キロしか離れていない。

湯の平は、平安時代の1108年8月、追分火砕流にすっかり埋め立てられた経験をもつ。火砕流が残した堆積物の厚さは5メートルほどだ(写真左、右手が前掛山)。その表面に広がる笹原には、20世紀に繰り返し起こったブルカノ式爆発で山頂火口から飛来した火山弾がつくったクレーターがたくさんみつかる(写真右)。
窪地の核心部には小さな湿原がある。クレーターに水が溜まり、小さな池がいくつも生じている。写真左の遠景は、剣が峰と円山溶岩。円山溶岩は3世紀末だと言われることがあるが、確かではない。写真右は前掛山。優美な円錐形をなすが、左側(北側)に余分な出っ張りがある。1783年噴火で火口内北寄りに生じた釜山スコリア丘が、鬼押出し溶岩の流出によって掃き寄せられた部分である。

千曲市の屋代遺跡群地之目(じのめ)遺跡の壁面に露出した平安砂層。2009年4月28日撮影。遺跡は、この砂層が埋めた水田面を発掘している。888年6月20日に千曲川を下った大洪水が残した地層であることが、類聚三代格の仁和四年五月二八日条の記述からわかる。
【“千曲市屋代遺跡の平安砂層”の続きを読む】
榛名山で古墳時代に起こった渋川噴火の年代を、大規模寺院建設現場の地下から出た3本の樹幹の放射性炭素含有量を測って、495年(+3年/-6年)と決めました。(株)パレオ・ラボとの共同研究です。もっとも太い樹幹は直径55センチ、長さ5メートルで、155年輪が数えられました。

・2009年5月16日幕張発表の
予稿・実際に発表で使ったパワーポイントから印刷した
pdfファイル・日経新聞5月16日夕刊社会面に記事あり
Googleマップで"asama risk map"を検索すると、私がつくった地図がたくさんヒットします。マイマップに保存すれば複数の地図を重ねて表示することができます。たとえば、こんなふうに表現することができます。細部を拡大してご覧になれます。じゃまなレイヤーは削除して関心のある部分だけを取り出して詳しくご覧になれます。

新しい地層に覆われた部分も表示しているところが、地質図と違います。古い時代の大きな噴火がつくった地層は火山から遠く隔たったところに露出しています。火山の近くでは新しい小さな噴火の堆積物で隠されてしまっていますが、古い大きな噴火の噴出物がそこをどの経路で通過したかを想像するとき、いままで誰も見なかった景色を見ます。
噴火ごとに個別表示したマップも掲げます。

1783年の噴火 1108年の噴火

1万5800年前の噴火 2万4300年前の山体崩壊
【“Googleマップでつくった浅間山リスクマップ”の続きを読む】
沼田インターチェンジから玉原スキーパークに向かう途中、発知(ほっち)という集落を通過します。なめこセンターがあるあたりです。武尊山からの雪解け水が豊富な田舎集落です。きのうの日曜日、村じゅう春の花でいっぱいでした。

(左)発知のヒガンザクラ、(右)上発知のシダレザクラ。背後の雪山は武尊山。
大きな地図で見るマークをクリックすると、地層観察ポイントの写真と説明をご覧になれます。
前橋市には敷島公園という大きな公園があります。利根川の旧河道を利用した公園です。私の自宅から群馬大学までの通勤ルートのちょうど中間にあるので、きょうは自転車に乗って満開のソメイヨシノを楽しみました。

4月6日11時22分の浅間山。1日に降った雪で真っ白です。釜山スコリア丘とそこから流れ下った鬼押出し溶岩がよく観察できました。山頂火口から吐き出される白い噴煙は、ときに激しく、ときに穏やか。この写真のときは、激しく姿よく吐き出されていました。薄くなったところを目を凝らして見ると、青味がかってみえるのが火山噴煙の特徴です。水以外の成分がその色をつくっているのでしょう。

冷たい北風が止んで暖かくなったので、滝の慈眼寺のシダレザクラ(エドヒガン)をまた見に行ってきました。ちょうど見頃です。天気に誘われて大勢のひとたちが来ていました。場所は、高崎ジャンクションのすぐ西側です。駐車場があります。

本庄市と伊勢崎市を結ぶ国道462号にかかる坂東大橋から下流を見渡すと、本庄市側の河床に大きな岩がたくさん転がっているのがわかる。

河原に下りると、その約半分が1783年8月5日に浅間山から発生して利根川を下った鎌原熱泥流が置き去りにした黒岩であることがわかる。黒岩は元は、その数日前に山頂火口から流れ出した鬼押出し溶岩だった。黒岩以外の大岩も鎌原熱泥流がここまで運んできたものだろう。
鎌原熱泥流は、それに転化する前の土石なだれも含めて、1490人を飲み込んだ。利根川の河幅が広がって流れがゆるくなるこのあたりに、多数の遺体が打ちあがったという。いま河床に転がる多数の黒岩が、当時の惨状を現代に伝えている。10年前は
このような景観だった。大河川の河床だからこの地点の地形変化は激しい。

一番遠くにあるこの黒岩がもっとも大きくて1.5メートルほどあるが、あいにく中州にあって近づくことができない。

伊勢崎市側の堤防に菜の花が満開だった。
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