風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

火口から5.5キロ地点の火山弾

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浅間北麓にある分譲別荘地の林の中(地点48)に、直径90センチの丸い火山岩がある。表面に冷却割れ目が見られることから、20世紀前半に頻発したブルカノ式爆発で山頂火口から飛来した火山弾だと思われる。

キャプチャ

しかし、ここは山頂火口から5.5キロも離れている。他の火山弾が4キロ以内に留まっていることと比べると、例外的に遠い。別荘地開発に伴って、人が火山弾をここまで運んだのではないかと心配だ。はたして、浅間山のブルカノ式爆発で火山弾がここまで届くだろうか。計算してみた。

Eject!というプログラムに次のパラメータを入力した。
・追い風 10m/s
・放出角度 45度
・放出点の高度 2520m
・着地点の高度 1220m

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初速を、160、180、200、220m/sとして4回計算した。220m/sで、水平距離5.57キロまで到達した。最高高度1.15キロ、飛行時間38秒である。

現在の浅間山頂火口の直径は300メートル。深さ160メートルの円筒形をしているから、現在の火口底中心で爆発すれば放出角度45度は達成できる。地点48はほぼ真北にあたり火口縁が最も低くなっている方角だから、火山弾が火口縁をクリアしやすかっただろう。浅間山のブルカノ式爆発で、火山弾が北側5.5キロまで到達することはいまでもありうると思われる。

2004年9月1日山火事現場と衝突クレーター、11年後

浅間山頂火口底 2014年10月11日

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・火口底の様子を2013年10月19日と比較してください。

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蛇堀川の紅葉

浅間山頂火口底 2013年10月19日

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動画(38秒)

2011年10月16日に見たときは、横穴にみえたが縦穴だったようだ。北西方向に噴き出したあとがある。2009年2月2日の噴火口である。

浅間山頂火口底に横穴

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2009年2月2日の爆発後の火口底の様子は、前回2010年8月4日に見たときとほとんど変わっていない。くぼみの中に横穴があるようにみえる。

内堀泰明さんから、火口底の横穴の高解像度写真が届きました。やはり内壁がシールドされています。溶岩洞窟と同じようにしてできた空間だと思われます。(以下2枚、内堀泰明さん撮影)

_DSC1187s.jpg アイスランドの溶岩洞窟とそっくりだ。

_DSC1170s.jpg 湯の平で、黒斑の壁ができた大崩壊を説明する。

P1090028s.jpg 地図を使って子どもたちに説明。

浅間山は、山頂火口中心から500メートルが警戒区域に指定されて立ち入りが禁止されています。今回は、学術研究にために設定権者である小諸市長から特別の許可を得て調査しました。

2010年8月4日の火口底

イノシシ穴と衝突クレーター

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これは衝突クレーターではなく、イノシシが掘った穴だ。イノシシは、ミミズが欲しくて鼻で穴を掘る。2004年9月1日の爆発の後、小浅間山の上に火山弾がつくったクレーターがあると報告された。山頂火口から3キロを優に超える地点だからいぶかしく思って調査に行った。このようなイノシシ穴がいくつもあった。素人判断はまず疑え。2004年9月の火山弾の最大到達距離は2.35キロである。

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これらが本物のパン皮火山弾。衝突した地面にスープ皿のような浅いクレーターをつくる。

鬼押出し溶岩の上を覆う砂礫は古い

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鬼押出し溶岩の上を覆う砂礫は、1783年噴火のあとに山頂火口で活発に繰り返されたブルカノ式爆発で放出された砂礫が、斜面を転がり落ちたり、大雨のときに水流で運ばれれたものだと30年間信じていた。大量だと漠然と感じていたが、それ以上疑問には思っていなかった。

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きのう現地に踏み込んで、初めて理解した。これらの砂礫のほとんどは1783年以前から存在していた前掛山の表層物質なのだ。なにも、1783年以後のブルカノ式爆発による放出物である必要はまったくない。前掛山上部にかぶさる鬼押出し溶岩の厚さはとても薄い。溶岩は下にすべて流れ切ってしまったと言ってよいくらいだ。そこには、西斜面と同じように、過去数千年間に渡って山頂火口から繰り返したブルカノ式爆発によって放出された大量の砂礫が斜面に露出している。それがいま大雨や雪解けのたびに崩れている。

浅間山頂火口底に2009年2月2日の爆発穴

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湯の平に、南から忍び入る雲海。

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2010年8月4日の山頂火口底。2009年2月2日の爆発を起こした直径30メートルほどの穴が中央に開いている。小諸市長から許可を得て調査を実施しました。浅間山は現在500メートル規制が敷かれています。一般登山者は前掛山頂(2524m)まで登ることができますが、釜山火口縁に立つことは禁じられています。

4年たった山火事現場


2004年9月1日の山火事を起こした火山弾とクレーター。2008年8月15日撮影。

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4年前に山火事を経験した山肌に、クロマメノキ、ミネズオウ、ガンコウランが旺盛に繁殖している。2年前はクロマメノキばかりだったが、ミネズオウとガンコウランも復活した。群落の緑の隙間に、4年前の山火事で枯死した灰色の植物体がみえる。

3年たった山火事現場の写真がみつかりました。
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2007年10月28日撮影。2009年8月16日追加。

2年たった山火事現場

火山の爆発では岩片も噴き出す



固結したばかりのマグマや過去の溶岩が爆発によって粉砕されて噴き出したものを岩片(がんぺん)とよぶ。浅間山で2004年11月14日に起こったブルカノ式爆発では、岩片ばかりが噴出した。

2年たった山火事現場

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山火事を起こした火山弾とクレーター(2006年10月、2004年9月)
2004年9月3日の調査報告

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焼けた領域にはクロマメノキばかりが復活している。山麓から赤く見えたのは、クロマメノキが紅葉したからだった。(2006年10月、2004年9月)

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今年のクロマメの盛りは過ぎた。10月28日撮影。

登山道のクレーター

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溶岩樹型からシラハゲに上がる登山道沿いに、クレーターがありました。地形の新鮮さと緑の侵入の少なさからいって、2004年9月の爆発によって飛来した火山弾がつくった穴だと判断できます。ここは、山頂火口中心から2.35キロ離れた標高1630メートル地点です。2004年の最遠到達記録2.2キロを塗り替えました。

ミネズオウの白い花

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ミネズオウは、こんな小さな白い花を咲かせる植物でした。おととし2004年9月1日の山火事は、シラハゲの上のガンコウラン(写真上)とクロマメノキと、このミネズオウが燃えました。

焼けた場所は、いったん真っ黒になりましたが、去年の春にはふつうの枯れ草の色に変わり、秋には緑も見えました。今年は、きっとすっかり緑になって、ガンコウランもクロマメノキもたくさんの実をつけるでしょう。浅間山の緑の回復力はめざましいものです。2004年の噴火なんて、ものともしていません。今年そこにいっても、2年前に高温火山弾の飛来で山火事があったなんて、ふつうのひとには、おそらくわからないでしょう。

もっとも遠くまで達した火山弾

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この岩は丸い外形とガラス質であることから、20世紀のブルカノ式爆発のときに浅間山頂火口から飛来した火山弾だと思われます。山頂火口中心から測って5.5キロの距離にあります。

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