風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

大館市大披のシラス段丘

安永四年(1775年)、大館市大披で、米代川に沿う小河川・引欠川の川岸から平安時代の家具や農機具が出土した。十和田湖の915年噴火によるシラス洪水による。


桜満開の大披集落。

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この崖が平安時代915年のシラス洪水が残した火山灰堆積物でできている。

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菅江真澄のスケッチによると、出土現場はいまの集落の北側のこのあたりのようだ。建物はコンポストセンター。

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毛馬内火砕流と米代川を下ったシラス洪水。平安時代、915年7月
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十和田湖915年噴火の月日と場所

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十和田湖915年噴火の火口(赤)。黄色はそこから少し流れ広がった御倉山溶岩ドーム。


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※このエントリは、大館市で2016年2月14日に講演した「十和田湖の噴火と片貝家ノ下遺跡」スライドから抜粋して、2017年1月8日に作成しました。

米代川を下ったシラス洪水

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大館市の片貝家ノ下遺跡。平安時代、米代川を下ったシラス洪水が埋めた遺跡。米代川からずいぶん遠いところにある。シラス洪水が支流をさかのぼった位置に当たる。

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鷹巣の胡桃館遺跡。ここも米代川からかなり離れている。

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文化十四年(1817年)の米代川洪水によるがけ崩れで小勝田に現れた平安時代の住居を、菅江真澄がスケッチに描き残した。この半月形に段丘に食い込んだ場所ではなかろうか。水面は米代川。鉄橋は秋田内陸縦貫鉄道。
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紅葉の十和田湖

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瞰湖台の脇に露出するのは南部軽石。中湖中心から9500年前に発生したプリニー式噴火の堆積物だ。そのとき中湖はまだなかった。円錐形の五色岩火山だった。東南東に細く伸びる分布軸の真下に当たるから厚さ40メートルもある。

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五色岩とその上に乗る6300年前の中掫軽石。中掫軽石の分布は丸い。中湖の四周で地表に降り積もっているが、御倉山の上だけはない。御倉山は平安時代915年の噴火でできた新しい溶岩ドームだからだ。

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中の湖に突き出す烏帽子岩ダイク。ダイクは地下のマグマの通り道だ。地下のマグマは地面を割り行って横に進む。烏帽子岩は、中湖の中心から放射状に外にマグマが進んでつくったダイクだ。中掫噴火の最後の段階で、外湖の水が五色岩火山の火口の中に流れ込んで激しい水蒸気マグマ爆発が起こって火口が拡大したときに堅牢な岩盤だったから浸食されずに残った。遠景は御倉山溶岩ドーム。
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八甲田山の田代平

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八甲田山田代平のガス穴。六角形の柵の内側。1997年7月12日、ここで自衛隊員3人が訓練中に二酸化炭素中毒で死亡した。

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地上写真。2014年6月

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田代平湿原。湿原はドローンがもっとも活躍できる場所のひとつだ。
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30年後の十和田湖

十和田湖は、私が博士論文を書いた火山である。足しげく通った当時から30年が経過したいま、ひさしぶりに訪れた。



八戸火砕流堆積物(L、1万5000年前)の中を貫くシルトダイク。下の八戸火山灰が地震に揺られて液状化したとみられる。ダイクの壁際が変色しているから、火砕流堆積物がまだ熱いときにダイクができたと見られる。この露頭は。30年前のままの状態でよく保存されていた。新郷村立野沢中学校入口。

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八戸火砕流と大不動火砕流(N、3万年前)の間に斜めに入る八戸火山灰。八戸火山灰の基底に1万5000年のタイムギャップがある。新郷村石ヶ森。十和田湖の東方にあたるこの地域は新しい地層の露出がよくて、火砕流の堆積物とその上に乗る軽石がよく見えて、30年前とても助けられた。原付バイクによる調査が能率的に進んだ。しかしいまは、当時の露出はほとんどなくなっていた。ここ石ヶ森だけ、かろうじて以前の露出のよさを保っている。左上に、中セリ軽石(C、6300年前)と南部軽石(E、9500年前)が載っている。

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迷ヶ平の栗山ケイセキの土砂採石現場でみられる大湯軽石(A、1100年前)、青バン(B、1900年前)、宇樽部火山灰(C)。宇樽部火山灰には火山豆石が多数含まれている。火山灰の堆積後、地表に湿原ができたようだ。真っ黒な泥炭が堆積している。宇樽部火山灰の直下の中セリ軽石はとても厚くて、250センチほどある。ピットが南部軽石(E)まで掘り込んでいた。

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