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風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

柳井沼の球面パノラマ


1783年8月5日10時、前日から柳井沼に流入していた鬼押出し溶岩が水蒸気爆発を起こし、そこにあった1億トンの土石が北に向かって鎌原村を襲った。浅間園から見晴らし台に向かう遊歩道は、そうして拡大した柳井沼のくぼ地の縁につけられている。だから見晴らしがよい。後続の鬼押出し溶岩が水蒸気爆発のあとも柳井沼に流入して、深さ200メートルに達したくぼ地を半ば埋め立てた。最終的にはここからさらに2キロ流れて先端は5.8キロ地点に達した。

津南の球面パノラマ


石落とし

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川の展望台

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秋山郷上ノ原

湯釜と姥ヶ原


湯釜

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姥ヶ原(浅間山、四阿山、草津白根山)

関門海峡


下関側から。対岸は門司。

榛名山の球面パノラマ

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榛名湖

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榛名富士と二ッ岳

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掃部ヶ岳

沼田の球面パノラマ


昭和村糸井の上空

阿蘇の球面パノラマ

(画像をクリックすると球面パノラマがご覧になれます。)


高岳と中岳火口

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2016年4月の熊本地震で落ちた阿蘇大橋と斜面崩壊。中央を東から西へ流れるのはカルデラ北部に降った雨を排水する黒川。

【“阿蘇の球面パノラマ”の続きを読む】

八ヶ岳の球面パノラマ

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887年の南海地震で天狗岳が崩壊して大月川土石なだれをつくった。多数の流れ山が見える。きれいな青色の水面が松原湖。

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30万年前頃に八ヶ岳南部が大規模に崩壊して大量の土砂が甲府盆地に流れ込んだ。韮崎土石なだれという。土石なだれの堆積物先端は韮崎駅そばにあり、比高50メートルの崖をつくる。この顕著な崖を七里岩という。左は釜無川。

岩手山の球面パノラマ

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岩手山は6900年前に崩壊して平笠土石なだれを発生させた。多数の流れ山が見える。大更。

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岩手山と姫神山の間を北上川がゆっくりと流れる。渋民。

新燃岳とえびの高原の球面パノラマ

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新燃岳、(左)高所から、(右)低所から

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えびの高原

球面パノラマ 紅葉の北軽井沢


上の画像をクリックすると、球面パノラマを好きなところに視線を移動して見ることができます。
上空 74 m から DJI Mavic 2 Pro で2018年10月29日に撮影。

御嶽山の球面パノラマ

釜山火口の球面パノラマ

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1783年噴火でできた釜山スコリア丘は、千トン岩の真下が一番低い。溶岩はそこでスコリア丘の裾を破って前掛山の北斜面を流れ下った。山頂火口の筒直径は 330 m、火口縁の高低差は 70 m、最低火口縁から火口底までは 150 m。1783年噴火直前の前掛山火口底は標高 2350 m 付近にあった。

鬼押出し溶岩が北側山腹にしか分布しないのを私は、火口縁の最低所から溢れ出したと長いこと表現していた。千トン岩が鎮座する縁が山頂より70m低いので、そこから溢れ出したと思っていた。しかしそれは違っていた。

鬼押出し溶岩は、釜山スコリア丘の裾を破って北に向かって流れた。噴火前の前掛山火口縁の北側が低かったからだ。火口内壁に露出する1783年溶岩は、噴火前の地形に沿って 40 m ほど上下するが、厚さは 20 m ほどで一様である。鬼押出し溶岩が北に流れ出しているときの火口内溶岩湖面は、千トン岩の真下のスコリア丘/溶岩境界より 40 m ほど高いところにあっただろう。

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球面パノラマ。DJI Mavic Airで2018年8月19日に撮影。

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