風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

火砕流と霜柱が120万年かけてつくった美瑛の丘


北海道中央部の美瑛。大きく波打つ丘が見渡す限り広がる。麦畑や牧草地として利用される何の変哲もない土地だったが、数十年前にカラー写真で紹介されて以来、よく知られるようになった。いまは、日本離れしたこの大陸的な景観をひと目見ようと、大勢の観光客が毎日押し寄せる。

この丘の景観は、120万年前に流れ広がった十勝火砕流の平坦表面が氷期のきびしい気候のもと、凍結融解を何度も繰り返したことによってできた。日本の他火山の火砕流堆積面でも多少の丘は見られるが、ここ美瑛は北海道の内陸部にあって寒冷の差が大きく、さらに120万年前という古い火砕流のためにその効果が顕著にあらわれた。

大きく波打つ丘をつくった凍結融解作用を詳しく説明しよう。氷期には、この地域の地表から植物が消えた。裸になった地表は毎朝凍結して霜柱をつくった。霜柱は地表面から垂直に持ち上がる。地表面が少しでも傾いていると、持ち上げられた砂粒は日射を受けて霜柱が融けるとき鉛直に落下する。こうして地表の砂粒は毎日ほんの少しだけ斜面を下方に移動する。これが何回も繰り返されて、大きく波打つ丘ができた。つまり、この美しい景観をつくったのは霜柱だといってよい。

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富良野のラベンダー畑の波打ち部分も、このプロセスでつくられた地形だ。

新千歳空港

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新千歳空港は、樽前山の北東25キロにある原野の上につくられています。樽前山は1667年と1739年にとても大きな噴火をしました。新千歳空港は、運悪く樽前山のちょうど風下にありますから、樽前山が火山灰を噴き出し始めるとたいへんやっかいなことになります。

北海道大学のポプラ並木

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北海道大学のポプラ並木は、2004年9月8日、台風18号の強風を受けて、51本のうち19本が根元から倒れました。できるだけ多くの倒木を立て直して元の姿に戻すべきだという意見もあったようですが、北海道大学は、損傷が少なかった2本だけを立て直すに留め、残りは若木を植えることによって並木の再生をはかる方法を選択しました(北海道大学のページ)。
 自然の摂理を受け入れた賢明な選択がなされたと思います。

10月の札幌

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時計台
札幌の時計台は、札幌農学校の演武場として1878年にここに建てられました。いまでいう体育館です。農学校は1903年にいまの北海道大学キャンパスに移転しましたが、演武場だけはここに残されました。大通公園から1ブロックしか離れていない混雑する交差点にあります。

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大通公園のとうきび売り
大通公園には、朝早くから大勢の観光客が訪れます。飛び交う言葉は、日本語より韓国語や中国語がよく聞こえます。絵を描き終わったころには英語も聞こえました。大型客船が近くの港に着いたようでした。

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赤レンガの北海道庁
新千歳空港から札幌に向かう列車の窓から見えた森の景色は、北軽井沢と似ていました。標高1000メートルの高原の気温は、海岸より6度ほど低くなります。北へ1000キロ移動しても、やはり6度ほど気温が下がります。だから、北軽井沢の森と札幌の森はよく似ています。
 着いた日は風がありましたが、翌日は風がなくなり、青く澄みわたった秋の空に北海道庁の赤レンガが映えました。

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