風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

浅間高原と吾妻川

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浅間高原と草津高原の間の低地を吾妻川が西から東に流れています。それに沿って、JR吾妻線が走っています。万座鹿沢口駅の裏には、高さ80メートルの崖があり、上から、平原火砕流/塚原土石なだれ/湖底堆積物の順に地層が重なっています。1783年8月5日11時ころ、この高い崖の上から鎌原土石なだれが吾妻川に流れ込みました。
 その場所にはいま駅舎がつくられ、ホームには上野行きの新特急が停車しています。橋を渡った北側の集落は三原です。

北軽井沢の森の家

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ログペンション・シャンブル
吾妻火砕流の堆積物先端に12年前に建てられたログハウス。シラカバの木が美しい。浅間山をもっとも間近で見ることができるペンションのひとつです。すべてのゲストルームに天窓がついています。

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ブドウ色の別荘
こちらは、吾妻火砕流のもうひとつの流れの先端の上に建っています。よく手入れされた広い庭の奥にあります。こういう別荘でひと夏を過ごしてみたいものです。

浅間山、花街道

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ヒマワリ畑
北軽井沢から鎌原に向かう道沿いに、パン屋さんと雑貨屋さんができました。そこに小さなヒマワリ畑があったので描いてみました。遠景は草津白根山です。

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コスモス街道
佐久から下仁田に向かう国道254号は、内山峠までまっすぐ伸びる走りやすい道です。初秋になると、道路のすぐ脇にコスモスの花が咲きそろいます。

火山館のテラス

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天狗温泉浅間山荘から、蛇掘川の渓谷を2時間登ると火山館に到着します。ここは、1999年に新築された登山者支援施設です。よく管理されて気持ちのよいテラスから黒斑山の壁を望むと、まるでスイスのツェルマットに来たかのような気分になります。

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前掛山中腹から見た黒斑山の断崖
黒斑山は、2万4000年前に東に向けてすっかり崩壊しました。正面の断崖がそのとき崩れ残った部分です。手前に湯ノ平が広がっています。新しい浅間山である前掛山は、その噴火中心を東に2キロ移動して建設を開始しました。このために黒斑山に重なることなく、湯ノ平の空間が残されました。

ホテル・ハナ・マウイ

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 マウイ島は、東マウイ火山(ハレアカラ)と西マウイ火山からなります。二つの火山に挟まれた平地にカフルイ空港があります。
 カフルイ空港から東に、山肌をくねくねと縫う細い道を3時間ドライブすると、天国のようなハナに着きます。そんな田舎に、この一流ホテルがあります。泊まらずに、敷地内の散歩だけさせてもらいました。
Hotel Hana Maui

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オヘオ・ガルチ
ハナからさらに奥へ1時間ほどドライブすると、深い峡谷に出会います。ここを流れる清潔な淡水に体を浸すと、ビーチでの海水浴とはまた違った気分に浸れます。
Oheo Gulch, Hana

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ホスマー・グローブ
ハレアカラ中腹の森の中にあるキャンプ場で、ピクニックランチをしました。テーブル、ベンチ、そしてバーベキューグリルがついた草地のテントサイトが10区画。水道とトイレの設備があります。なんと無料で一週間まで滞在できます。
Hosmer Grove, Haleakala

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ママズ・フィッシュ・ハウス
カフルイ空港から東へ15分ほどドライブしたところに、おいしい魚料理を出すレストランがあります。プライベートビーチに面していて、昼も夜も、大勢の人でにぎわっています。
Mama's Fish House, Kuau

カイルアビーチ

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島の北東側にあるため貿易風が吹き付けるこのビーチの砂は、他のどのビーチの砂よりも細かい。澄んだ水の色に加えて、海中に浮かぶ島がこのビーチの美しさを際立たせています。週末は混雑しますが、平日は静かに過ごすことができます。
Kailua Beach

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ワイアナエ
オアフ島の西部ワイアナエを訪れる観光客の数は多くありません。ここには、山脈に雨を降らせたあとの乾いた風が吹きます。山に緑は少なく、山火事がしばしば発生します。
Waianae

ダイアモンドヘッド



 オアフ島は、コオラウ火山とワイアナエ火山の二つが合体してできた火山島です。300万年ほど前に、太平洋から顔を出しました。コオラウ火山はいったん噴火をやめましたが、100万年以上たってから復活して、山腹に小さな火山をいくつもつくりました。
 ワイキキビーチからみえるダイアモンドヘッドもそのひとつです。30万年ほど前にできました。真ん中に大きな火口があります。東側に開けられたトンネルを通ってその中に入ると、最高点までハイキングすることができます。山頂からワイキキを一望することができます。
Diamond Head

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ハナウマベイ
ワイキキからバスで30分ほどのハナウマベイも小火山のひとつです。太平洋に面した側の火口壁が破れて、火口の中に海水が入り込みました。波静かなこの湾の中には豊かな自然が育まれ、よく保全されています。
Hanauma Bay

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ココヘッド
ハナウマベイの隣のココヘッドも小火山です。やっぱり中央に火口があります。ダイアモンドヘッド・ハナウマベイ・ココヘッドの順に火山の背が高くなっています。ダイアモンドヘッドはタフリング、ココヘッドはタフコーンといいます。ハナウマベイは中間ですから、どっちで呼んでももかまいません。ホノルル市の山寄りにあるパンチボールも小火山です。
Koko Head

北西から見た前掛山頂

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前掛山の山頂には直径1.3キロの火口があります。これは平安時代1108年の噴火口です。江戸時代1783年の噴火でその中に釜山が生じました。釜山の中央にも直径500メートルの火口が開いています。

 釜山の一部は、前掛山の北側斜面上にもスコリア丘として乗っています。その下半分は(スコリア丘がいつもそうであるように)高温酸化して赤くなっています。このスコリア丘を破って、鬼押出し溶岩が釜山火口から北側にあふれ出しました。その際に、スコリア丘の一部が溶岩に乗って下方に運ばれました。鬼押出し溶岩の上に赤みを帯びたスコリアラフト(いかだ)がいくつも見えます。

 釜山火口の北縁には、1950年9月23日の爆発で乗った千トン岩があって、よいランドマークになっています。2004年9月の爆発で、その右手に、小さいけれども鋭い稜をもった岩が乗りました。大きさの比率から言って、これは百トン岩と呼ぶのがよいでしょう。

浅間山の中腹から見た四阿山

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浅間山北麓のしゃくなげ園から、木屑を敷いた登山道を登ると四阿山がよく見えます。「あずまやさん」と読みます。四阿山は、28万年前に大量の軽石を出したのを最後に噴火をやめてしまった死火山です。

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四阿山麓にある田代湖
田代湖は人造湖です。周囲をめぐる道路からはその水面をほとんど見ることができません。このように周囲の山に登って初めてその姿を認識することができます。その左側は田代の集落です。さらに左側に村上山があります。これは、30万年前の溶岩ドームです。

牧場から望む浅間山

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北軽井沢の牧場の縁に立つと、浅間山の全景をよく見渡すことができます。左から、小浅間山・前掛山・黒斑山(くろふやま)です。この日は久しぶりに空気が澄み渡り、2004年9月の爆発で前掛山の上にちょこんと乗った「百トン岩」をここからも確認することができました。厳密に言うと、本当の前掛山の上ではなく、江戸時代の噴火で前掛火口の中にできた釜山の上に乗っています。

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こちらを先に書きました。手前の木はこちらの方がうまく描けたのですが、浅間山の噴煙を書き忘れました。また、黒斑山が入りませんでした。

北軽井沢の風景



北軽井沢小学校
森の中にある小さな学校です。校庭にスケートリンクがあります。表面にひびが入ったスコリア(黒い軽石)を積み重ねて校門がつくられています。これは、1108年の追分火砕流の中に入っていたスコリアです。そのかたちがキャベツに似ているので、追分キャベツといいます。

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ハイランドパークの池
浅間山の麓に大きな湖はありません。国道146号のそばにあるこの池は人工的につくられたものです。ここにはベンチもありますから、車を停めて浅間山を眺めるのに最適です。

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森の小さな喫茶店
よく探すと、北軽井沢にはおしゃれな喫茶店がいくつもあります。ハイジは、北軽井沢と鎌原を結ぶ道と大笹街道の交差点の近くにあります。冬も休まず営業します。無線LANが使えます。

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うめシェフ
くりの木プラザは北軽井沢の中心地です。ここには、スーパーマーケット、パン屋、本屋、それからレストランがあります。うめシェフのレストランでは南欧料理が食べられます。繁忙期の夕食は要予約。

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栗平山荘のテラス 
私の水彩画の先生のアトリエです。北軽井沢の中でも東に奥まった栗平にあります。浅間大滝のそば。とても静かなところです。

浅間牧場から鳥居峠を望む



浅間山の北麓には標高1000メートルの高原が広がっています。吾妻川に沿ってこの高原を西に遡ると、そのまま鳥居峠に達します。峠道にありがちなヘアピンカーブがここにはひとつもありません。高原のまま峠に行き着きます。嬬恋キャベツの生産地として有名なこの高原は、四阿山と烏帽子山塊に囲まれて成立した古い平坦面です。30万年前から20万年前まで、ここには大きな湖がありました。そのとき浅間山はまだありませんでした。

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鬼押出しから見た四阿山と草津白根山
浅間山の北に広がる高原は、六里ヶ原と呼ばれています。浅間山頂と草津白根山頂の距離は25キロ離れています。ほぼ六里(24キロ)に相当します。左の山が四阿山(あずまやさん)、右の山が草津白根山です。どちらも30万年前頃に盛んに噴火してできた火山です。不思議なことに、草津白根山だけが、2万年ほど前から再噴火しています。

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押切場からみた浅間山
1783年8月4日に山頂火口からあふれ出した吾妻火砕流は、六里ヶ原の森を焼いて広がりましたが、北軽井沢の手前で停止しました。その先端部分は、押切場(おしきっぱ)と呼ばれ、いま牧場になっています。牧草地の端に立つと、大きく横たわる浅間山を目の前に見ることができます。

東京大学史料編纂所本館

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地震火山史料をデジタル化してデータベースとして世に出す研究プロジェクトに2年前から参加しています。その打ち合わせ会議が3ヶ月に一度、本郷の東京大学史料編纂所であります。私が育った理学とはまったく異なる価値観に触れて、はっとさせられることがしばしばあります。

烏帽子南麓のワイナリー

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玉村豊男さんが東部町に移り住んで農業を始めたことは、月刊誌の連載を読んで知っていました。10年ほど前のことです。それがヴィラデストというワイナリーとして営業していると最近知ったので、訪れてみました。遠くに上田の市街地を望む烏帽子岳の南斜面に、よく管理されたブドウ畑が展開しています。

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嬬恋のペンションテラス
浅間山の北麓は、山頂火口から吐き出される噴煙や火映を観察する場所として、南麓に比べて次の点で有利です。1)標高が高いので空気が澄んでいる。2)街の明かりが少ない、そして3)浅間山頂火口は北縁が低い。大笹カメラは、山頂火口の北8.5キロにある嬬恋高原倶楽部の裏庭に設置させていただいています。

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信州稲倉の棚田
嬬恋から鳥居峠を抜けて上田に向かう途中を左に折れて、烏帽子の山麓を取り巻く広い道を東部湯の丸インターチェンジに向かって行くと、この棚田が右手に見えます。稲刈り前の青々とした田んぼがきれいでした。

鎌原土石なだれの断面

赤川土取場

赤川土取場跡
1783年8月5日の鎌原土石なだれが残した堆積物の断面を観察することができます。鎌原土石なだれの断面をみることができる場所は限られていますから、この土取場跡はたいへん貴重です。崩壊地にもとからあったさまざまな地層が、色や粒子の違いでパッチワークをなしています。その下には、嬬恋軽石(YPk)と平原火砕流が露出しています。

流れ山の断面

応桑新田原

応桑新田原
2万4300年前に浅間山がすっかり崩れて、塚原土石なだれが生じました。ここ応桑にはたくさんの流れ山があります。そのうちもっとも大きい馬見塚の南隣にある流れ山の端が、キャベツ畑をつくるために削り取られています。平原火砕流の直後に噴出した嬬恋軽石(YPk)がこの流れ山を覆っていることが確認できます。その上に、赤土と黒土がのっています。ここは浅間山麓でありながら、2万4300年前以降、浅間山の流れ災害を一度も受けていない土地です。

杉瓜

軽井沢町杉瓜
発地川の岸に塚原土石なだれの断面が大きく露出しています。ここでも、土石なだれの特徴であるパッチワークを確認することができます。田んぼの中を歩いて発地川を少し遡ると、より美しい色彩のパッチワーク断面を見ることができます。

火砕流がつくった地形面

北軽井沢甘楽

北軽井沢甘楽 ←ここをクリックすると、地図上で位置を確認できます。
甘楽第一のキャベツ畑やトウモロコシ畑は、1万6000年前の平原火砕流がつくった台地の上にあります。1108年8月末、追分火砕流はそこを覆って流れることができず、東側の胡桃沢の谷に流れ込みました。平原面より一段低いここは牧草地になっています。採土のために掘られた大きな穴の壁で、追分火砕流の地層断面を観察することができます。

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