風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

鎌原土石なだれがつくった三つのキプカ

鎌原土石なだれは、観音堂、向原、アテロの三ヵ所でキプカをつくりました。キプカはハワイの言葉で、溶岩に埋め残された土地のことをいいます。しばしば自然豊かな森に覆われていて、人々に安らぎを与えます。ユーカリの大木が生い茂るナマカニパイオ・キャンプ場は、キラウエア・カルデラの縁に残されたキプカです。

さて浅間山に戻りましょう。観音堂キプカは、石段を駆け上がった数十人が助かったことで有名です。向原キプカの境界は別荘地と集落の間にあり、その境界地形をいまでも明瞭に観察することができます。アテロキプカは、鎌原土石なだれの表面に成立した林の中を抜けて、谷をいったん降りて登ると、目の前に大きな流れ山と広いクロボク畑がつくる雄大な景観が突然現れることによって認識できます

これら三つのキプカは1783年災害を免れた土地ですが、これらの土地が、隣接する土地と比べて実際どれほど安全性なのか、私にはよくわかりません。調べれば調べるほど、鎌原土石なだれは稀な、住民の側からするとまったく不運な火山災害だったように思われます。この災害の再来を心配するのは愚かしいことのようにも思われます。

鎌原村を土石なだれが襲ったのは、1万5800年前に平原火砕流がその土地をつくってから初めての出来事でした。これほど稀な現象だったにもかかわらず、村人は階段を駆け上がろうと観音堂に向かいました。彼らは何を得ようとしたのでしょうか。高いところを目指せば生き延びられると思ったのでしょうか、それともただ観音様のおそばに寄ろうとしただけだったのでしょうか。

赤城千本桜



赤城山の南麓には千本桜という桜の名所があります。満開は例年だと4月中旬ですが、今年はもっと早まることでしょう。

ペレの毛と涙


つるんとした球形は、ペレの涙と呼ばれる。マグマのしずくが空中で固まったものだ。ハワイ・キラウエアの1959年プウプアイの噴火で生じた。透明な緑色はカンラン石。噴火したマグマの中から結晶化した鉱物。8月の誕生石ペリドットである。

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ペレの毛は、噴火のときにマグマが引き伸ばされてできる。ハワイのキラウエアではごくふつうにみられる。ペレは火山の女神の名前である。

火山の爆発では岩片も噴き出す



固結したばかりのマグマや過去の溶岩が爆発によって粉砕されて噴き出したものを岩片(がんぺん)とよぶ。浅間山で2004年11月14日に起こったブルカノ式爆発では、岩片ばかりが噴出した。

マグマが泡立つと軽石ができる



マグマが泡立って噴き出すと、軽石ができる。同じ軽石でも、噴火ごとにすべてみかけが違う。ひとを見分けることができるように、軽石も見分けることができる。浅間山の1108年軽石は黒いが、この1783年軽石は白い。

アスファルト道路を直撃した火山弾



三宅島の1983年10月3日の噴火で新澪池から投げ出された火山弾がすぐそばのアスファルト道路を直撃した.このタイプの噴火は近寄るとたいへん危険である。

パン皮火山弾



パン皮火山弾は安山岩マグマによるブルカノ式噴火でごくふつうに生じる.飛行中に冷却して表面にガラス質の皮殻が生じるが、内部はまだ高温で発泡を続けるために、いったんできた皮殻が破れる.亀裂の開口幅は、火山弾の上部で大きく地面に接した底部で小さいから、発泡による体積膨張は着弾後も継続したことがわかる.(草津白根山、20世紀、長さ8センチ)

紡錘火山弾



紡錘火山弾は、中心に核をもち、衣の断面に成層構造がみられる.核は、火口を満たした溶岩湖の半固結した表面の破片あるいは火口の壁面を構成していた岩塊が溶岩湖内に落下してできる.火口内で爆発が起こってそれが外に放出されると、水飴のようにマグマの糸を引いて空中を飛行して紡錘形になる.(伊豆大島1986年11月噴火、長さ29センチ)

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