風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

磯部温泉を流れる碓氷川で地層観察

磯部温泉のそばを流れる碓氷川の河原は、地層を観察するのに最適な場所です。磯部駅から歩いてすぐです。車で行くなら北岸を西側からアプローチするとよいでしょう。



地層の観察

碓氷川の水面近くには、第三紀の泥岩が露出しています。川の水で浸食されて地層面が広く露出しています。注意深く観察すると、植物片などの化石をみつけることができます。地層面はわずかに北側に傾いています。

北側の崖に目を移すと、この泥岩が25メートルほど積み重なっています。地層が層になっていることがよくわかります。一枚一枚の地層は過去の地表面です。それはいま地中に広がっています。

碓氷川が泥岩の表面を削り取ったあと、礫を積み重ねて平坦にしました。礫層の厚さは場所によって異なりますが、だいたい5メートルほどあります。このような泥岩と礫層の境界を不整合といいます。礫は右側につんのめるようにして並んでいます。これをインブリケーションといいます。昔も碓氷川が左から右へ流れていたことがわかります。

礫層の上には、赤い土が4メートルほど積もっています。その上に黒い土が1メートルあって現在の地表をつくっています。双眼鏡を使って観察すると、赤土の中に厚さ50センチの黄色い軽石が挟まっているのが見えます。浅間山で1万5800年前に起こった噴火で降り積もった板鼻黄色軽石(YP)です。その下にも、軽石が何枚か挟まれているようです。

崖の上に行ってみると、地表のすぐ下にも白い軽石が20センチくらい積もっていることがわかります。これは1783年(天明三年)噴火の軽石です。

自然史の考察

泥岩と礫層は、水流が運んでつくった地層です。赤い土と黒い土は風が運んでつくった地層です。それぞれロームとクロボクといいます。これらは風塵の堆積物であり、毎年0.1ミリずつ積もります。1000年で10センチです。浅間山の軽石を除くと、ここには3メートル積もっていますから、3万年かかったことがわかります。崖の上が碓氷川の水をかぶらなくなってから3万年たったということです。

3万年前の碓氷川は30メートルも高いところを流れていたのでしょうか。いいえ、そうではありません。土地が3万年かけて30メートル隆起したのです。土地が隆起するから、碓氷川は河床をせっせと削ります。こうしてここに高い崖ができたのです。これを河岸段丘といいます。河岸段丘は、隆起地帯にみられる特徴的な地形です。

3万年で30メートルですから、隆起速度は毎年1ミリです。東日本の川には河岸段丘がたいていみられます。風が運んだ地層と水流が運んだ地層の境界(土と礫層の境界)は、崖の上からだいたい1割のところにいつもあります。それは、東日本における土の堆積速度と土地の隆起速度がだいたい10倍違うことによります。

碓氷峠のめがね橋と浅間天明軽石



中山道坂本宿から、アプト式線路跡を碓氷峠をめざして登ります。傾斜が一定で路面が平坦だからとても歩きやすい。トンネルを5つくぐると、めがね橋が現れます。

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線路跡からほんの少し外れただけで、浅間山の天明三年(1783年)噴火で降り注いだ軽石が地表にみられます。3センチほどの大きさで、浅間山にずいぶん近いことが実感されます。

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沢筋には、第三紀の安山岩溶岩の破片が転がっています。斑晶が石基の中に浮かんだ斑状組織がよくわかります。ここは、マグマから溶岩または軽石ができる話を子どもたちにするのに格好の場所です。

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帰り道、トンネル入口の上で気持ちよさそうにひなたぼっこしているサルをみつけました。年末年始の寒さとは打って変わって、桜が咲く頃の陽気に恵まれた一日でした。

浅間山1108年噴火から900年

あけましておめでとうございます。
ことし2008年は、浅間山の1108年噴火からちょうど900年です。この区切りに注
目した記事が、毎日新聞京都に出ましたので紹介します。
京都百年紀:「源氏千年」に寄せて/1 辺境の異変に揺れた朝廷
火山学と日本史学を融合させたユニークな記事です。

浅間山の1108年噴火推移と宮中の出来事
8月29日(七月二十一日)  Bスコリア下部(高崎へ)
8月30日             追分火砕流(大笹と追分へ)
9月9日(八月三日)      鳥羽天皇即位。嘉承を天仁に改元
9月26日から10月11日まで(八月十八日から九月三日まで) Bスコリア上部(中之条へ)
10月13日(九月五日)    浅間山噴火による被害報告が上野国から京都に届く
10月31日(九月二十三日) 軒廊御卜

なおBスコリア上部が20年後の1128年の噴火だとする説は否定されます。
長秋記の大治四年二月十七日条

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