風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

初夏の新潟焼山


残雪の山を背景にして、里では田植えが始まる。新潟では、冬の多雪がおいしい米をつくる。左から、火打山(2462メートル)、焼山(2400メートル)。焼山は、3000年前に誕生したばかりの若い火山である。

湯の平の池

黒斑山と前掛山に挟まれた三日月型の平地を、湯の平と言う。2万4300年前に黒斑山が東に崩壊して生じた。標高は2000メートルで、浅間山の山頂火口から2キロしか離れていない。

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湯の平は、平安時代の1108年8月、追分火砕流にすっかり埋め立てられた経験をもつ。火砕流が残した堆積物の厚さは5メートルほどだ(写真左、右手が前掛山)。その表面に広がる笹原には、20世紀に繰り返し起こったブルカノ式爆発で山頂火口から飛来した火山弾がつくったクレーターがたくさんみつかる(写真右)。

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窪地の核心部には小さな湿原がある。クレーターに水が溜まり、小さな池がいくつも生じている。写真左の遠景は、剣が峰と円山溶岩。円山溶岩は3世紀末だと言われることがあるが、確かではない。写真右は前掛山。優美な円錐形をなすが、左側(北側)に余分な出っ張りがある。1783年噴火で火口内北寄りに生じた釜山スコリア丘が、鬼押出し溶岩の流出によって掃き寄せられた部分である。

千曲市屋代遺跡の平安砂層

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千曲市の屋代遺跡群地之目(じのめ)遺跡の壁面に露出した平安砂層。2009年4月28日撮影。遺跡は、この砂層が埋めた水田面を発掘している。888年6月20日に千曲川を下った大洪水が残した地層であることが、類聚三代格の仁和四年五月二八日条の記述からわかる。

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榛名山の渋川噴火は497年

榛名山で古墳時代に起こった渋川噴火の年代を、大規模寺院建設現場の地下から出た3本の樹幹の放射性炭素含有量を測って、497年(+3年/-6年)と決めました。(株)パレオ・ラボとの共同研究です。もっとも太い樹幹は直径55センチ、長さ5メートルで、155年輪が数えられました。


・2009年5月16日幕張発表の予稿
・実際に発表で使ったパワーポイントから印刷したpdfファイル
・日経新聞2009年5月16日夕刊社会面に記事あり
・群馬大学教育学部紀要に論文を印刷しました。2015年3月



最外試料の年代として495年が得られました。試料は5年輪ごとに採取しましたから、最も外側の年輪は2年足して497年になります。(2014年3月注記)

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