風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

夏休みの自由研究は浅間牧場で

浅間牧場で、夏休みの自由研究のお手伝いを大学生がします。小学生のお子さまといっしょにおでかけください。8月9日から13日まで。

・コーラ噴火の研究。
・弁当パックで浅間山の立体模型をつくる。200円。
・浅間山の噴火しらべ。地質図500円。


印刷用ファイル(2.3MB)

みどり盛んな日光白根山

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前白根山からみた日光白根山(奥白根山)と五色沼。地表は、ササ、シャクナゲ、ダケカンバが層構造をつくって覆います。いまは木々の成長期にあたりますから、緑で風景が埋め尽くされています。

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菅沼からの登山道には、6世紀に榛名山から飛来した伊香保軽石が露出します。

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弥陀が池で、人なつっこいバンビの出迎えを受けました。

鬼押出し溶岩の西では1783年噴火をいまでも経験できる

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火山館から湯の平を越えて、鬼押出し溶岩の西側地域を調査しました。ここには、山頂火口から226年前に流出した溶岩の地形がそのまま残っています。当時の噴火をダイナミックに想像することができる稀有な場所です。

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2007年7月に印刷した2万5000分の1地質図には、鬼押出し溶岩の西側に吾妻火砕流の領域を細長く設けました。溶岩樹型にあるのだからここにあるはずという論理でした。行ってみたら、標高2105メートル地点に確かにありました。

鬼押出し溶岩に沿って細く分布することも確かめました。300メートル西に移動すると、特徴的な黄色岩片がたくさんまじる1783年軽石が地表に露出します。峰の茶屋に軽石断面で、吾妻火砕流の層位を示すピンク色火山灰の下に露出する部分です。つまり、ここの地表は吾妻火砕流に覆われなかったことがわかります。

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釜山スコリア丘が鬼押出し溶岩に破壊されて東西に分断されたように地質図では表現しました。山頂火口から流れ出したばかりの鬼押出し溶岩の流れ中央部にも高まりがあって、それも釜山スコリア丘の残がいだと思っていました。しかしよく観察すると、それらは既存の前掛山凸部だと思われます。巨大なスコリアラフトには見えません。古い溶岩のように見えます。ここを鬼押出し溶岩が通過したのは確かですが、急斜面のためここに留まることなくすべて流れ下ってしまったようです。地質図を改訂します。

追分火砕流の放射性炭素年代


中村賢太郎ほか(2009)ウィグルマッチング法による浅間山追分火砕流の年代決定.日本文化財科学会第26回大会研究発表要旨集,134-135.

解説 追分火砕流に含まれる炭化木の放射性炭素年代は、史料に書かれた1108年と矛盾しない。測定した炭化木は溶岩樹型の北西にあたる地点49で採取した。5年輪ごとの最外年輪が1110年という結果が得られた。したがって、試料に用いた炭化木のもっとも外側の年輪は1112年に形成された。標準偏差は-6/+18年である。(このエントリは2017年9月21日に作成しました。)

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