風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

奥日光の地形は三段飾り


一段目。標高1470メートルの湯ノ湖から急傾斜で流れ落ちる湯滝は男体山よりずっと古い岩石に懸かっている。しかし湯ノ湖は、その東側に5000年前に出現した三岳溶岩ドームがもっと東側で谷川を堰き止めてつくった湖である。切込湖・刈込湖もそのときできた。

DJI_0330.jpg
二段目。標高1390メートルの戦場ヶ原から緩傾斜で流れ落ちる竜頭の滝は、1万5000年前に男体山から噴出した火砕流に懸かっている。したがって、いまの戦場ヶ原は1万5000年前にできたのだが、竜頭の滝のすぐそばまでカコウ岩の山が東西とも迫っているから、1万5000年前の火砕流は狭い谷を埋めたにすぎない。いまよりやや低いレベルの戦場ヶ原がその前からあった。

DJI_0275.jpg
三段目。標高1270メートルの中禅寺湖から真下に落ちる華厳の滝は、2万年前に男体山から流れ出した厚い溶岩に懸かっている。したがって、中禅寺湖は2万年前にできた。1万5000年前の竜頭の滝火砕流はここに痕跡を残していない。もっと下の清滝町に高い白崖を形成しているから、大量の火砕流がここを下ったのは確実なのだが。
【“奥日光の地形は三段飾り”の続きを読む】

紅葉の十和田湖

DJI_0164.jpg
瞰湖台の脇に露出するのは南部軽石。中湖中心から9500年前に発生したプリニー式噴火の堆積物だ。そのとき中湖はまだなかった。円錐形の五色岩火山だった。東南東に細く伸びる分布軸の真下に当たるから厚さ40メートルもある。

DJI_0145.jpg
五色岩とその上に乗る6300年前の中掫軽石。中掫軽石の分布は丸い。中湖の四周で地表に降り積もっているが、御倉山の上だけはない。御倉山は平安時代915年の噴火でできた新しい溶岩ドームだからだ。

DJI_0105.jpg
中の湖に突き出す烏帽子岩ダイク。ダイクは地下のマグマの通り道だ。地下のマグマは地面を割り行って横に進む。烏帽子岩は、中湖の中心から放射状に外にマグマが進んでつくったダイクだ。中掫噴火の最後の段階で、外湖の水が五色岩火山の火口の中に流れ込んで激しい水蒸気マグマ爆発が起こって火口が拡大したときに堅牢な岩盤だったから浸食されずに残った。遠景は御倉山溶岩ドーム。
【“紅葉の十和田湖”の続きを読む】

八甲田山の田代平

DJI_0208.jpg
八甲田山田代平のガス穴。六角形の柵の内側。1997年7月12日、ここで自衛隊員3人が訓練中に二酸化炭素中毒で死亡した。

P1030102.jpg P1030104.jpg
地上写真。2014年6月

DJI_0236.jpg

DJI_0257.jpg
田代平湿原。湿原はドローンがもっとも活躍できる場所のひとつだ。
【“八甲田山の田代平”の続きを読む】

FC2Ad