風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

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浅間山の1783年噴火。鎌原土石なだれで押し流されてきた黒岩を探そう。



2万4300年前に浅間山が大きく崩壊した。赤岩と流れ山を探そう。



前橋高崎地域の自然史を知ろう。





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屏風ヶ浦の海食崖から読み取る自然史

千葉県の犬吠埼から刑部(ぎょうぶ)岬まで、太平洋に面して高さ50メートルの断崖が10キロに渡って続いている。屏風ヶ浦と呼ばれる海食崖である。太平洋の荒波で下総台地が削られて生じた。

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屏風ヶ浦の海食崖。遠景は犬吠埼。

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刑部岬の向こうに九十九里浜が見える。

この海食崖に現れた地層を刑部岬の近くで観察してみよう。最上部5メートルは関東ローム層からなる。風で運ばれてきた土埃が草地に少しずつ降り積もってできた地層だ。その下に黄褐色の砂層がある。厚さは20メートル。香取層という。地層の縞模様がうねっていることから、いまの九十九里浜のような砂浜でできたことがわかる。12万年ほど前にここにあった砂浜だ。香取層の下には灰色の泥層がある。これは飯岡層という。深い海の底に堆積した地層で、屏風ヶ浦の下30メートルをつくる。最上部の年代は70万年前だ。

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高さ50メートルの海食崖に露出する地層

海食崖に露出したこの3枚の地層から、この地域で過去にどのような自然の営みがあったかを復原できる。それは、氷河性の海水準変動と土地の隆起を考察することによって可能となる。

12万年前は、いまと同じような暖かい時代だった。地球はそのあと寒冷化して、大陸に降った雪が氷河となって海に戻らなくなり、海面がしだいに低下し始めた。海岸が沖に遠のいて、干上がった海底が露出して砂浜ができた。海面は最終的にマイナス100メートルまで下がった。そのときの海岸線はいまより10キロほど沖合にあった。千葉県はいまよりずっと広かったのだ。

ここに露出する厚さ20メートルの香取層は、海が退く過程で、犬吠埼と刑部岬を結ぶ線が砂浜だった1000年くらいの短い時間で堆積した思われる。海が沖に遠のいて完全に陸化すると、地表に植物が生えて砂の移動は終わり、風で運ばれてきた土埃がそこに捕獲されて関東ローム層が堆積した。

前回の氷期は2万年前に底を打った。地球が温まるにつれて氷河から融け出した水が海に戻って海面を上昇させた。波浪による浸食が内陸に向かって進むに従って高い海食崖が現れた。海が退いていたあいだに土地が隆起していたからだ。いまの海面は12万年前と同じ位置にあるから、海食崖の高さ50メートルが12万年間に隆起した量だ。1万年あたり4メートル。ほぼ同じ時間で堆積した関東ローム層の堆積速度の10倍速度だ。

12万年前、飯岡層が海面に現れる前も、ここの海底は同じような速度で隆起していたのだろう。水深1000メートルだったとすると、60万年かけて海底が海面まで上昇するのに要する隆起速度は、1万年あたり16メートルになる。ちょっと大きいな。何かが考え足りていないのだろう。

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