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風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

御殿庭は1707年噴出物か

氷河が残したモレーンだと私が3年前に認定した御殿庭と宝永第三火口が、1707年噴火でつくられた地形だとする発表が、2019年5月27日に幕張で二つあった。静岡大学の小山真人さんと富士山科学研究所の馬場章さんたちだ。

・小山(2019)1707年富士山宝永噴火の火口と推移についての新たな作業仮説
・馬場ほか(2019)富士火山、宝永山の形成過程の考察

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小山(2019)

これらの地形と堆積物(2016年と2017年に私が撮影した現地写真、大画面閲覧用)が300年前の噴火で、わずか数日でできたとはとても考えにくい。 御殿庭モレーンからの排水ロだと私が認めた谷地形を、小山(2019)は噴火割れ目、馬場ほか(2019)は浸食谷だとしている。

これら二つの発表が主張するところが正しければ、氷河地形であるとする私の解釈は否定される。しかし、次の点で彼らの解釈は疑わしい。御殿庭と第三火口は一列をなさず並列している。噴火割れ目が二列になるので同じ噴火で形成されたとは考えにくい。また火口近傍相(アグルチネートなど)がない。浸食谷だとすると、いったいいつどうやって形成されたのだろうか。ガリー(雨裂)なら、どうしてここだけにできたのか説明できない。

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須走口、幻の滝付近で2017年10月1日撮影

御殿庭と第三火口だけでなく、宝永山(赤岩)も1707年噴出物だという。須走口、幻の滝付近に露出するこの1707年スコリア/軽石のいったいどの層準にそれらがあたると考えるのだろうか。

もし宝永山(赤岩)や御殿庭の凸地形が1707年噴火でできたのなら、水蒸気マグマ爆発でできたタフリングだということになろう。それらの遠方相がプリニー式降下スコリア/軽石の間に挟まれているべきである。しかし、火口から4キロほど離れた御殿場口や須走口で私が観察した限りでは、そのような地層は存在しない。すべてプリニー式降下物の積み重なりからなる。30年以上昔になるが、火口にもっと近い幕岩で観察した厚いスコリア層の中にもそのような噴火を思わせる地層は認められなかった。1707年降下スコリア/軽石の間に地層が挟まっている写真が提示されない限り、これらの地形が1707年にできたとする説は想像の産物だと言わざるを得ない。

宝永山(赤岩)について、2016年に産総研が出した富士火山地質図(第2版)に何と書いてあるか調べたが、説明書に記載を見つけられなかった。地図にはH-udとラベリングしてある。星山期の未区分噴出物の意味だ。10万年前から2万年前までのどこかで噴出した。

御殿庭はオリジナルの地形を比較的よく保存しているが、宝永山(赤岩)は大きく浸食されて、とくに東側がすべて失われている。宝永山(赤岩)が1707年噴出物でできていると主張するひとたちは、この大規模浸食がいつどのように起きたかを説明する義務を負っている。私は氷河が削ったと考えている。

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うさはかせのドローン写真

1707年スコリア(黒)が宝永山の東側急崖を覆っている。この急崖は1707年スコリアが降ったときにはすでにあったということだ。新説によると、宝永山は9日の間に積もって崩れるをしないとならない。とてもむずかしい。そして、崩れた先の地表に該当土砂は認められない。1707年スコリア斜面が広がっている。

秋山郷

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苗場山と秋山郷上ノ原。

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鳥甲山。中津川を挟んで苗場山の対岸にある火山。

津南の河岸段丘(地上写真とドローン写真の比較)

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津南町石落としの地上写真。砂礫からなる魚沼層群の上に、苗場山の溶岩が重なる。溶岩が流れたのは30万年前。そのあと中津川が330メートル深く浸食した。隆起速度は1ミリ/年だ。


ドローン写真。溶岩の表面が見える。もう少し高度を上げて撮影すれば、段丘平坦面の上に流れ広がった溶岩の末端崖がはっきりする。

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川の展望台からの地上写真。中津川は、信濃川に合流する津南で顕著な河岸段丘をつくっている。

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ドローン写真。緑の林で強調された段丘崖だけでなく、水田が広がる段丘面も見える。

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津南の球面パノラマ


石落とし

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川の展望台

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秋山郷上ノ原

姥ヶ原から見た浅間山


つつじの湯の上にある定番撮影スポット。姥ヶ原は何回もの氷期を経験した合成扇状地からなる。凍結融解のためにうねうねとした波状地形をなす。高原キャベツ栽培が盛んだ。

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前掛火口の中に1783年噴火でできた釜山スコリア丘がよくわかる。鬼押出し溶岩が流れ下った斜面は直線的で前掛山と同一化している。
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湯釜と姥ヶ原


湯釜

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姥ヶ原(浅間山、四阿山、草津白根山)