風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

鎌原土石なだれがつくった三つのキプカ

鎌原土石なだれは、観音堂、向原、アテロの三ヵ所でキプカをつくりました。キプカはハワイの言葉で、溶岩に埋め残された土地のことをいいます。しばしば自然豊かな森に覆われていて、人々に安らぎを与えます。ユーカリの大木が生い茂るナマカニパイオ・キャンプ場は、キラウエア・カルデラの縁に残されたキプカです。

さて浅間山に戻りましょう。観音堂キプカは、石段を駆け上がった数十人が助かったことで有名です。向原キプカの境界は別荘地と集落の間にあり、その境界地形をいまでも明瞭に観察することができます。アテロキプカは、鎌原土石なだれの表面に成立した林の中を抜けて、谷をいったん降りて登ると、目の前に大きな流れ山と広いクロボク畑がつくる雄大な景観が突然現れることによって認識できます

これら三つのキプカは1783年災害を免れた土地ですが、これらの土地が、隣接する土地と比べて実際どれほど安全性なのか、私にはよくわかりません。調べれば調べるほど、鎌原土石なだれは稀な、住民の側からするとまったく不運な火山災害だったように思われます。この災害の再来を心配するのは愚かしいことのようにも思われます。

鎌原村を土石なだれが襲ったのは、1万5800年前に平原火砕流がその土地をつくってから初めての出来事でした。これほど稀な現象だったにもかかわらず、村人は階段を駆け上がろうと観音堂に向かいました。彼らは何を得ようとしたのでしょうか。高いところを目指せば生き延びられると思ったのでしょうか、それともただ観音様のおそばに寄ろうとしただけだったのでしょうか。

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