風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

1メートルの軽石に埋まっても中山道は残った



横川の峠の湯は、桜が満開でした。中山道は、杉林の向こうに見える高い山(刎石山はねいしやま)の上に続きます。

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つづら折りの急坂のあと、こんな道になります。足元に、刎石山の溶岩のかけらが散乱しています。

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振り返ると、坂本宿。木に葉がついていないので、見通しよく観察できました。

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刎石山の溶岩の断面です。柱状節理だという説明板がありますが、これはむしろ板状節理です。急斜面をギシギシ流れ下った溶岩に特徴的な構造です。

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軽石が露出していました。一番上の白い軽石は1783年8月の天明噴火によるものです。1メートルほど積もっています。これだけ積もってもこの中山道は廃棄されませんでした。むしろ、ふかふかして膝にやさしく歩きやすくなって旅人に歓迎されたかもしれません。

富士山の800年噴火で足柄路を廃して箱根路を開いたは、黒い軽石が街道を埋めたからではなく、地震によるがけ崩れで通行困難になったからではなかろうか。古代人にとって、火山噴火と地震を峻別して記述するのは困難だったろうと思いますから。

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