風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

浅間山の新しい地質図をつくります

崖に露出する地層の岩相を観察して地質図を書いた時代が長く続きました。浅間山では、たとえば「溶結している火砕流は1783年の吾妻火砕流であり、1108年の追分火砕流は溶結していない」などの判定基準にしたがって地図を塗り分けることがなされました。岩相を注意深く観察することによって、南麓の追分火砕流と同時に山頂火口からあふれ出した火砕流が北麓にも分布しているという重要な知見を得ることができました。しかしよく考えると、ひとつの地層がどこまでも同じ岩相を示す保証はありません。岩相に頼った地質図作成には限界があることがあきらかです。

四半世紀前、層序によって地質図をかくことが火山でもできるようになりました。その目的のためにテフラはたいへん有効でした。浅間山では、雲場軽石が2万2600年前の層位にあることから、離山が第三紀の火山などではなく、小浅間山と兄弟の新しい溶岩ドームであることがわかりました。レスを、噴火がなかった時間を示す堆積物であると解釈することによって、軽石流の噴火が二回あったとみなすことが適当でないこともわかりました。

さて、いま地形に注目して新しい地質図をかくことを始めます。浅間山の山麓には火砕流や土石なだれの堆積物がたくさんあります。それらは、それぞれ特徴的な表面地形をもっています。また堆積物の年代によっても表面地形は変わります。さらに、流れは障害物を避けて下流に広がったはずです。流れの密度と流速は広がり方を左右したはずです。流れが行き着いた先端には崖ができたりします。そうやってできたさまざまな地形を意識的に観察することによって、これまでになかった詳しい地質図をかくことができるのではないかと考えています。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://pringles.blog23.fc2.com/tb.php/25-b1531a98
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad