風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

東京国分寺に露出する関東ローム層

日曜日、用事があって国分寺の東京経済大学に出かけました。

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国分寺駅南口から、JR中央線の線路に沿って東に歩きます。ニッポンレンタカー営業所の裏の大きな駐車場に、関東ローム層(赤土)が広く露出しているのをみつけました。昔は東京のいたるところでこのような赤土の崖を見ることができたでしょうが、いまはほとんどみかけません。

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地表から5メートルほど下に直径2ミリの軽石が集積しているのをみつけました。層の厚さは6センチほどです。箱根山から6万6000年前に噴出した東京軽石でしょう。だとすると、このロームは本家の武蔵野ロームです。関東ロームは、立川ローム/武蔵野ローム/下末吉ローム/多摩ロームに分けられます。分ける基準が何なのか、私が物心着く前の研究ですから詳しくは承知しませんが、クラック帯や埋没土だったような記憶があります。たしかに、クラックが顕著な層準が東京軽石の下70センチにありました。

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関東ロームは、火山が噴火しなかったことを示す地層です。箱根山が6万6000年前に激しい噴火をしてこの地に東京軽石を降らしました。同様の激しい噴火がその後は起こらなかったので、東京軽石の上にはロームばかりが積もっています。軽石や火山灰はみられません。ロームが火山噴火でできたと書くひとがいますが、それは誤りです。ロームは、春から初夏にかけて強風が吹いたときに、近隣の裸地から飛来したホコリが積み重なったものです。

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道の反対側の空き地で、ロームの上にクロボク(黒土)がのっているのをみつけました。クロボクの厚さは1メートル。基底がだいたい1万年前です。クロボクは縄文時代に相当します。縄文時代にローム(赤土)でなくクロボク(黒土)が堆積したのは、人為による環境操作が原因だったろうと私は考えています。クロボクに過酸化水素水を加えてひと晩置くとロームになります。

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