風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

渋川市を焼いた6世紀の噴火

榛名山は、6世紀に大きな噴火を2回しました。



最初の噴火の火口は伊香保温泉のすぐ上に開きました。熱雲が発生して吾妻川に達しました。図に破線で示してある「FAigの分布限界」が、その熱雲が焼き尽くした範囲です。北側の子持山麓ではよくわかっていますが、南側の市街地ではよくわかっていません。物証である地層がめったに保存されていないからです。中筋遺跡はこの噴火で埋没した遺跡です。

その20-30年後、南西隣に火口がもうひとつ開いて、軽石を空高く噴き上げました。南西の風に吹かれて、遠く仙台まで達しました。図に「FA400」などと書いてある一群の線がその軽石の厚さを示します。単位はセンチです。軽量骨材として採石されています。榛名軽石(はるなけいせき)といいます。黒井峰遺跡はこの軽石に埋まった遺跡です。二ツ岳溶岩ドームが火口に栓をして噴火が終わりました。

図の青色は、2万4300年前に塚原土石なだれがつくった利根川の段丘を示しています。利根川と吾妻川の両端崖も示しています。

最初の噴火で熱雲が焼き尽くした土地の上に、いま30万人のひとが住んでいます。この災害の詳細を知ることは考古学と地質学を駆使すればできますが、その災害研究の成果から教訓を導き出すことはたいへんむずかしいように思われます。

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  • 2006/04/29(土) 17:12:17 |
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