風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

富士山の氷河(第3回調査報告)

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富士山宝永火口付近の地質図

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御殿庭と宝永第三火口は氷河が残したモレーンである。ドローン写真

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モレーンの上はこういった風景が広がる。地上写真。東側、標高 2150 m。淡色の岩塊はモレーンから洗い出された。暗色の火山れきは1707年噴火のときに、ここに薄く降り積もった宝永スコリア。

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西側モレーンの上。1メートルの大きな白い岩塊。やや丸い。 標高 2120 m。

考察 私がモレーンだと思う部分を、富士火山地質図(第2版、2016)は宝永スコリアと西二ツ塚スコリア丘に塗っている。現地で地層断面を見ると、スコリア丘ではない。タフリングの可能性はあるが、それにしては火口が小さすぎる。富士山でタフリングは知られていない。こんな高所にはできそうもない。

もしタフリングなら、岩塊は空中を高く飛行して着弾したわけだから地表にインパクト構造(ボムサグ)があってしかるべきだが、一切ない。タフリングだとすると、最大傾斜の方向に細く排水しているのが説明しにくい。モレーンだとうまく説明できる。ハワイ島マウナケアのモレーンととてもよく似ている。

なぜ南側だけにあるか。宝永噴火のために森林限界が下がって地形が見やすい。御殿庭の下にもモレーンは続いているようだが、森に覆われるとよくわからなくなる。東は2900年前に崩壊して失われたが、北と西にはモレーンがあってもよさそうだ。

北と西の森林限界より上は、須走b期(5600年以降)の溶岩にモレーンは覆われてしまった。宝永火口北壁に露出する溶岩を富士火山地質図は須走b期に塗っているが、もっと古いとみられる。モレーンに覆われている。もし北と西の森のなかを調べてもモレーンがない場合は、宝永火口付近が窪地でそこだけで氷河が涵養されたと考える。

宝永山赤岩そのものがモレーンではないかと双眼鏡でじっくり観察したが、否定的結論だった。赤岩が富士山全体と不調和な形をしているのは、氷河に削られたからだろう。


地層断面写真

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御殿庭モレーン排水溝の東側斜面

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モレーンの断面。排水溝の西側斜面。大小さまざまでいろいろな岩石からなる。標高 2050 m。

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接写

ツイばむを利用してもっとたくさんの写真を大画面でごらんください。
・ツイートまとめ「富士山に氷河があった直接証拠」「富士山氷河説への反論



ドローン動画

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Google Earth

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ほぼ同縮尺の富士山モレーンとマウナケアモレーン(グーグルマップ衛星写真)
Fuji moraine and Mauna Kea moraine with almost the same scale, Google Maps (Earth)

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