風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

鎌原土石なだれが東側に500メートル拡大



鎌原土石なだれの西縁が予想していたよりずいぶん西側にあったことを3月19日に書きました。東縁もずいぶん東側にあることにきのう気づきました。3月15日の地質図とくらべてください。鎌原土石なだれの東縁は赤川にほぼ等しいと思っていましたが、そこより500メートルほど東にありました。

鎌原と北軽井沢を結ぶ道路沿いでは、読売バンガローまで達しています。その敷地内に流れ山があります。一方、その南東の別荘地内は平坦で、追分火砕流の上に薄い吾妻火砕流だけがのっています。鎌原土石なだれはこの別荘地まで達していません。

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こちらは、北側の別荘地です。急な坂の上にあるこの別荘の背後には深い谷があります。

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平原火砕流台地に切り込まれた深さ40メートルほどの谷です。この深い谷を赤川支流と呼ぶことにします。対岸は厚く堆積したクロボクを耕した牧草地になっていますが、こちらは、その上に鎌原土石なだれの堆積物がのっています。崩壊地で観察すると、その厚さは12メートルほどです。断面にはパッチワーク構造が確認できます。つまりこの別荘は鎌原土石なだれの東縁ぎりぎりに建っています。この別荘地内の地表に黒岩はほとんどみつかりませんが、流れ山はたくさんあります。

ここから2キロ下流の赤川合流点でついに東側に乗り上げた鎌原土石なだれは、ブランニュー北軽井沢別荘地の西端をかすめて小宿川に流れ込みました。小菅沢との合流点である小代(こよ)の段丘は鎌原土石なだれがつくったようにみえます。

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ブランニュー北軽井沢にあるこの別荘は、鎌原土石なだれのまさに東縁上に建っています。南側から見ています。右側の低い平坦面は平原火砕流の表面です。

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