風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

吾妻火砕流の先端



赤川支流の谷頭部は、鎌原と北軽井沢を結ぶ道路からも見えます。この断面は左岸です。1108年の追分火砕流の上に、1783年の吾妻火砕流がのっています。

追分火砕流の中には、キャベツのようなかたちをしたスコリア塊がたくさん含まれています。ところどころ、高温ガスによって赤や黄に着色されています。

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吾妻火砕流は薄く、1メートルほどしかありませんが、溶結しています。上部は高温時に空中の酸素と結びついて酸化して赤くなっています。断面には直立した細いガスパイプが何本も見えます。吾妻火砕流は崖の右手に向かってしだいに薄くなり、やがて消滅します。

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吾妻火砕流と追分火砕流の間には、厚さ7センチのクロボクがあります。700年の時間が経過したことを示す物証です。

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道路反対側の別荘地の小川に露出した断面です。追分火砕流の上に、クロボク、白色軽石、赤色火山灰を挟んで、吾妻火砕流がのっています。ここでは溶結していません。

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40メートルも深い赤川支流が、道路の南側でこのような小川に変身するのは、900年前に追分火砕流が谷に流れ込んで埋め立てたからでしょう。現在の谷頭部は、谷地形をいったん埋めた追分火砕流の先端が、900年かけて後退した場所に当たると考えられます。

そして200年前に、吾妻火砕流が同じように低所を選んで流れてきて、ここで止まりました。

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