風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

八木地質図と荒牧地質図



八木貞助の地質図(1936年)
・鬼押出し溶岩は、鎌原泥流に引き続き噴出した。
・吾妻火山弾流(火砕流)が古い時代の産物ではなく、最後の大噴火である1783年の産物であることをみいだした。

鬼押出熔岩 本熔岩は天明三年七月八日の午前十時過鎌原泥流に引続いて噴出したもので、其前日に噴出した吾妻火山弾流と共に、天明大爆発の最後の産物である。(104ページ)

吾妻火山弾 本火山弾流は是迄古期の噴出にかかるものと思って居たが、「浅間記」には天明三年噴火の條に左の記事が載って居る。「七日の申の刻頃浅間より少し押出し、南木の原にぬっと押広がり、二里四方許押散らして止まる」云々とあり、・・・(116ページ)

鎌原泥流 浅間山頂から伏瞰すると、鬼押出の黒紫色を呈する熔岩流の先端に当って、草野が其両側の緑色なるに比して、一層濃緑色を呈して居るのが目立つのである。此濃緑色の一帯が天明三年の大爆発の際に、鬼押出溶岩の先駆をなした俚俗「泥押」と称して居る最新噴出のものである。(118ページ)


aramaki1968.jpg

荒牧重雄の地質図(1968年、1993年)
・追分火砕流が南麓だけでなく北麓にも流れたことをみいだした。
・軽石流の噴火は2000年ほどの時間を隔てて2回起こった。
・応桑の流れ山地形は浅間山がつくったものではない(1968年)。

いま作成中の新しい地質図(2006年)
・1783年、鬼押出し溶岩は8月2日には山頂から流れ出していて、8月4日の吾妻火砕流の流路に影響を与えた。
・鎌原土石なだれは、鬼押出し溶岩の先端から8月5日に発生した。
・軽石流の大規模噴出は2回ではなく、1万5900年前の1回だけだった。
・応桑に展開する流れ山地形は、浅間山が2万4300年前に崩壊して発生した土石なだれが残した。それはBP2軽石噴火の直前に起こった。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://pringles.blog23.fc2.com/tb.php/54-76756b79
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad