風景に書き込まれた歴史を読み解く

The Story Behind the Scenery

北軽井沢のカラフル火山灰(1)

1万5900年前の嬬恋軽石は、上下をよく成層した火山灰に挟まれています。新鮮な断面でその火山灰を観察すると、カラフルさに驚かされます。



北軽井沢の国道146号脇の谷頭に露出する火山灰です。この冬くずれた新しい断面のようです。

P1020615s.jpg

北へ3キロはなれた大屋原第一に露出する同じ火山灰です。この断面は1992年からあるので状態はよくないですが、表面をねじり鎌ではがすと、色合いを観察することができます。色の順番は同じですが、層によって厚さが異なります。こちらのほうが厚い火山灰もあれば、北軽井沢のほうが厚い火山灰もあります。そのときの風向きに影響されたためでしょう。

この火山灰は浅間山の山頂火口から噴出したのではなく、平原火砕流の先端近くで起こった二次爆発を供給源とすると思われます。吾妻川や千曲川のそばでは、何十メートルも厚い地層に移り変わります。そこには、降り積もった火山灰だけでなく、横なぐり噴煙から堆積した火山灰も認められます。そこには、砂丘のような波打った地形が認められます。


平原火砕流は、たしかに吾妻川で二次爆発して何回もサージを噴き出しました。その堆積物は、芦生田や袋倉で見ることができます。

しかし、嬬恋軽石の上下の降下火山灰は、どうやら山頂から噴出したもののようです。山頂に向かって厚くなります。鎌原で50センチ、狩宿で155センチ、北軽井沢で240センチ、白糸の滝で380センチと、しだいに増えます。

噴火マグニチュード6.0の平原噴火は浅間山頂火口を大きく拡大したでしょう。カルデラと呼んでもよいくらいサイズの火口が生じたでしょう。直径2キロくらいか。その中に地下水が流れ込み、高温マグマとのせめぎあいが長い時間続いたはずです。平原火砕流の上にのるカラフル火山灰は、伊豆大島のスコリアの上にのるうがいタフのようなものだと考えられます。(2006年4月19日)

5月3日と5月6日に、きれいにして撮った写真があります。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://pringles.blog23.fc2.com/tb.php/55-9a4a9d20
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad